研究会案内 2008![]()
日時:2009年1月24日(土)14:00-17:30
場所:法政大学市ヶ谷キャンパス・ボアソナードタワー19階D会議室
報告:@中村麻衣子氏(日本女子大学)
「『祖国』から遠く離れて―ロジャー・ケイスメントとアイルランド―」ロジャー・ケイスメントは、その死から現在にいたるまで、その評価がさまざまに変
化した人物である。彼の名を歴史に残すことになったのは、主として彼によるふたつ
の文書、コンゴ領事であった際にゴム採集地における原住民の虐待を告発した『ロ
ジャー・ケイスメント領事による報告書』と、1916年に処刑された後にその存在が明
らかになった『黒い日記』による。彼のコンゴや南アメリカでの活動、中でもその同
性愛が克明に記されたこの日記は、常に公の秘密として扱われながら、その真贋につ
いて様々な議論が巻き起こった。彼の名前を響かせていたのは、その人権擁護に対す
る活動よりも、むしろこの日記、その死から長きにわたって開かれなかった日記の存
在によるといっても過言ではないだろう。本発表ではケイスメントがアフリカや南ア
メリカなど、外側から見たアイルランドについて、その日記や報告書などから考察す
る。同時にケイスメントが外側から見つめ続けた「祖国」アイルランドは、彼をどの
ように歴史の中に刻んできたかという点についても、新聞報道や文学作品を通して位
置づけを試みたい。A高神信一氏(大阪産業大学)
「アイルランドとイギリス帝国」本報告においては、ケイスメントのように、イギリス帝国の「建設者」としてアフリ
カに赴いた人物がなぜイースター蜂起に参加し帝国の「破壊者」となっていったの
か、という背景を説明したい。
従来のアイルランド史研究においては、アイルランドがイギリスから独立することに
よってイギリス帝国に打撃を与えたことが強調されてきた。いわばアイルランド人は
帝国の「破壊者」だったのである。しかし、ケイスメントの事例からもわかるよう
に、これはアイルランド史の一側面でしかない。というのも、アイルランド人の帝国
の「建設者」として果たした役割を見逃してはならないからである。例えば、19世紀
半ばにおいてイギリス軍の兵卒の約4割はアイルランド人であり、彼らは帝国の防衛
のためにインドや中東に派遣されていった。また、イギリスのインド統治においても
アイルランド人の「貢献」は明らかとなる。連絡先:日本アイルランド協会事務局 (mori-mcelwain@mtg.biglobe.ne.jp